愚者、ぼんやりと月へ行く。

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電動夏子安置システム『場違いの一日前』

本日は、去年Mrs.fictionsでお世話になったカムヰヤッセンの工藤さんが出演している、電動夏子安置システム『場違いの一日前』を観劇。

前々から名前だけは印象に残っていた劇団さん。赤坂RED/THEATERでやられるような人たちだったんだと驚き。

 

先に言っておきます。面白かった。しかし、気になるところが一点。

内容は、いわゆるタイムスリップによるすれ違いや勘違いを描いたコメディ群像劇。舞台は国家御用達の科学研究施設。詳細はややこしいので割愛。

すれ違いコメディということで、前半から伏線が張り巡らされるのだけど、それと並行してタイムスリップを引き起こす機械のメカニズムが論理的に説明されたり、その他にも難しい専門用語がバンバン飛び交うという複雑難解な脚本で、正直、序盤は3割も内容が頭に入ってこなかった。

中盤、タイムスリップが起きてからは、随所に仕掛けられたギミックが次々に発動して、笑えるようになったのだけど、それは前半で話を理解するのを諦めなかったから観れたようなもので、理解を放棄してしまうお客さんもいたんじゃないかと思う。

 

舞台は開始10分が大切。そこでお客さんが背もたれに寄りかかったらおしまい。

という言葉があるように(あるのか?)、面白いお芝居は大体開始10分で観客を惹きつける何かがある。そこでお客さんの気持ちを掴めれば勝ったも同然だ。

しかし、この舞台はそこが厳しく思える。

確かに物語の整合性をとる為に正しい知識は必要だし、設定上それがしっかり明言されるべき場所であるというのも分かる。しかし、見ている側全員が全員それを理解できるわけではない。理解できないものを聞かされることは辛い。興味のない学科の授業を受けている学生と一緒だ。しまいには、寝る。

そんなつもりは毛頭ないだろうとは思うのだけど、天邪鬼な僕は、脚本家の人がただ知識をひけらかしているようにしか見えない。だって、同じようなタイムスリップ・コメディでサマータイムマシンブルースはあんなにも分かりやすいし面白いんだから。

まあ、同じようにやったらそれはただの後追いにしかならないから、攻める角度を変えているんだとは思うんだけどね。分かるんだけども・・・。

面白かったんだけど、そういうところの気遣いがどうにも気になってしまうのです。